細胞の糸から多様なビジネスの可能性を紡ぎ出す/株式会社セルファイバ 【2】

【第2回】

事業の方向性を見定める

―今回は2018年2月にセルファイバに参画され、2019年6月より代表取締役社長となられた柳沢さんも交えてお伺いします。柳沢さんの就任の経緯からお聞かせください。

柳沢 大学在学中から株式会社リバネスでインターンをしており卒業後にリバネスに入社しました。リバネスでは、アイディアを思いつき、それが形になり、世の中で認知されるような大きな事業になるまでのプロセスをたくさん目にする機会に恵まれました。どんなスタートアップも、混沌としたところから混沌とした第一歩目が生まれ、方向性をもってやっていくことで形になっていくことを実感していました。そのため、新事業の立ち上げは遠いところの出来事ではなく、やればできそうという感覚を持っていたように思います。

一方で、自分には科学の部分で武器になるようなものがなかったので、もう一度研究をしっかりやろうと思い、リバネスを退職して東京大学大学院に入りました。博士課程在学中の2017年の春にセルファイバと出会い、1年の期間を経て、2018年2月にジョインしたという経緯です。

―就任後はどのあたりから取り組まれたのでしょう。

柳沢:この技術は様々な用途に利用できます。そのためビジネスポテンシャルがあるところが複数分かっていたのですが、どのような顧客に、どのような製品を提供するのか、そのための体制や製造プロセスはどうするのか、深掘りできていませんでした。入社するまでに課題感は共有していたので、まずはゼロベースで考えようと思い、事業計画を手探りで作るところからはじまりました。最初はインターネットで調べたような事業計画書のひな形を使うところからはじめ、ベンチャーキャピタルに見せに行ってはぼこぼこにされることを繰り返しました(笑)。そのころから現在に至るまでで、事業計画は70バージョンくらいあります。

最初、細胞ファイバの技術は創薬の分野で使うことをメインに考えていました。例えば細胞ファイバを移植して型糖尿病の人の治療に使う、などです。しかし調べていくと、その分野ではサンディエゴのとあるベンチャーが大金を投じて先駆的にやっていたにもかかわらず、20年前から取り組んでいても未だに上市できていないことがわかりました。同じことをやると考えた場合、資金調達の規模的にも技術的にも現実的でないこと。コントロールできないファクターがあまりにも多いこと。さらに自分自身の経験をふまえると、これはできないということがわかりました。

また、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業に応募する際には、iPS細胞を細胞ファイバで培養したものを製品化する方法も考えました。しかし、現実にはiPS細胞を創薬に使うことは一般的になっていません。基礎研究用に研究者用のものは一部ありますが、創薬や医療用途では、iPS細胞由来の分化細胞ではなく、株化細胞やヒトの臓器から採取したプライマリ細胞を使う方が、アッセイ(評価や測定)の面で安定した結果が出るとされているのです。例えばiPS細胞由来の心筋細胞を培養しても、プライマリ心筋と同じような挙動にならない。そこに大きなギャップがあることがわかりました。細胞ファイバによって長期間培養することが可能であるため、より成熟化した細胞が得られやすいなどのメリットはありますが、私たちのリソースやアセットではニーズに見合ったものを商品化できるとは思えませんでした。これらのことから、創薬の分野は、他社とコラボレーションをしながら今後の拡大に向けて基礎的な研究を進めていく位置づけとしました。

―創薬以外ではどのようなマーケットに注目されていきましたか。

柳沢:結論から言いますと、「細胞培養」が現在最も可能性の高いマーケットと考えています。

きっかけは、糖尿病治療への細胞ファイバの使用を考えていたころ、再生医療のフォーラムで、細胞ファイバを細胞製造に利用できないか、と細胞治療をしているある会社の方から提案されたことです。相手の方は弊社研究員の論文を見て技術内容を知っており、ぜひ細胞培養をとプッシュされました。当時、ファイバを大量生産するにはいくつか課題がありましたが、話を聞かせていただくと、そこにいわゆるペインポイント、つまりマーケットでの潜在的な強いニーズがあると感じ、それと自社で実現できることが合致しそうだと思い、そちらでやってみようと確信を深めていったのです。

つまり創薬の方は、セルファイバとして技術的にできることと世の中のニーズとの乖離が大きかったのですが、細胞培養の方は、すでにマーケットで必要とされるもののレベルのプロダクトもできている状況でしたので。既存製品の製造スケールは、プラスチックのお皿の上で増やすレベルほどに小さいものですが、私たちの細胞ファイバの技術を使えば数ℓ、多くて10ℓの規模で細胞培養をすることもできるようになるでしょう。すると製造規模としては十分に見合ったものになります。技術の面でもクリアでき、競合と勝負もでき、マーケットもある。これを2024年頃に商用生産を走らせることを目標に進めています。

―自社のリソースと、ニーズとがマッチするポイントをついに見つけることができたのですね。

柳沢:この部分に手応えを感じるまで、入社してから1年半くらいかかりました。今振り返ると、情報収集や顧客へのヒアリングなど、仕事が自分に集中しすぎてしまっていたかもしれません。チームで挑むことでもっと効率的にできたのではないかと思います。また、細胞を作っている会社の製造の責任者、など本当に話を聞くべき適切な人(ライトパーソン)を見つけられるかどうかも重要でした。そういったことにもっとフォーカスしていれば、進むべき道がより早くクリアになっていたと思います。

―誰と出会い、つながるかも、技術を活かす上では大事なことなんですね。

安達:私もそれが非常に重要であると実感しました。顧客を見つける過程ではさまざまな人脈を作ることができますが、例えば大きな会社だと、組織内での情報共有がなく、ミッションや関心も人によって異なるので、一人につながっても音沙汰無し、別の人にアプローチして「それ初めて聞きます」みたいなことがしばしば起こります。しかしトップに近い人が、「おもしろそう」とか「やるぞ」となった場合は、トップダウンでいくので話が早いですよね。できたてのベンチャーが、そのような決裁権のある人に直接つながるには、たくさんのキーパーソンへのパイプを持っている方からご紹介をしていただくことが重要と感じます。特に私たちのようなベンチャー、つまりBtoBでやる場合やVCとのつながりが少ない場合、そういった人材とのつながりが必須だと思います。

―途中からジョインされた柳沢さんはいかがでしょうか。

柳沢:私は、すでにできあがっているチームに後から入った人間です。チームを作っていった経験がないことも大きいと思うのですが、チームをどう動かしていくかで非常に苦労しました。例えば、私は直接顧客からヒアリングし、その実感をもって指示を出しているつもりでも、それを私から伝え聞くメンバーの方は感覚を共有しきれない場合がありました。ヒアリングの場に他のメンバーも同席してもらい、私の伝聞だけではなく直接お客さんの顔を見ていれば、共有がしやすかったかもしれません。そういう配慮が必ずしも行き届かなかったのを改善していきたいと思っています。

細胞培養への選択と集中

―直近は細胞培養事業に注力、と見定めて以降のことを詳しく教えてください。

柳沢:バイオベンチャーにとって、創薬というのは当然魅力的な事業です。しかし産業側のボトルネックになっているのは細胞培養そのもの、つまり製造技術の方だということがわかりました。そうであれば、そこでソリューションを提供することが世の中の役に立てるし、ビジネスとしての広がりも大きいと思ったのです。

ところがこの路線変更はベンチャーキャピタルにはウケが良くありませんでした(笑)。創薬のパイプラインがないと利益が出せないのではないかとこれまでに何度も言われてきました。前例がないため、この部分がネックとなって資金調達が進まないという状態が出てきたのがこの1年くらいの状況です。

―それでもやはり細胞培養、と考える理由は?

柳沢:最終製品を自社で持つことは魅力的なのですが、これをやりはじめると臨床試験で安全性、有効性を示すことがどうしても最優先になります。その結果、リソースの問題から将来的な製造方法の検討がおろそかになっているのが現実だと思います。このような現状を鑑みて、セルファイバでは製造技術に特化した事業を行いエコシステムの一部を担うことが合理的だと考えています。他家の細胞治療では特に顕著ですが、製造を合理化させたいという強いニーズがあることを実感としてもっています。細胞治療のマーケットに今は入れないけれど参入を検討している企業や化学系のメーカーと、課題感や目線が同じで、確かに大事な仕事だと共有できる部分もあり、現在に至っています。

製品化へのもう一つの課題「量産」

―同じような技術やマーケットで勝負する競合はいるのでしょうか。

柳沢:いますね。技術の面では、フランスのある会社が細胞培養を行っています。ただし私たちのようなファイバの形状ではなくビーズ状のものを作っており、創薬の方を目指しているようです。

他にも、細胞を均質に保ちつつ増殖させる試みはこれまでにたくさん行われてきました。しかしながら細胞治療の世界でのスケールアップは10年前から言われてきたものの、古典的な製造技術から抜け出し切れていないのが実情です。その結果、細胞医薬品は非常に高額で少量しか生産できないという課題を抱えている。ブレイクスルーを目指すものとして、例えば自動培養システムや、培養技術そのものを作り出し新しく試そうという傾向があります。しかし再生医療には高い品質保証の側面を要求されるなど制約も多く、スケールアップやコストダウンはまだ成功事例が乏しいというのが実情ではないでしょうか。

―これからスケールアップの面でもブレイクスルーを目指すのですね。

柳沢:当初の細胞ファイバでは細胞1,000万個~1億個くらいを作ることができていました。細胞治療の用途に即したスケールアップを目指す場合、技術的にはその100倍くらい作れれば、関心をひけるのではと社内で議論しました。今は0.1ℓ~0.5ℓの規模で生産ができるようになったので、これからそれを10倍~数十倍とさらにスケールアップしたいと考えています。これは技術的に難しいというよりは、培地のコストの問題があります。1回の実験ごとに大きな金額が必要ですが、それも目途がつきましたので、あとは新型コロナウイルスの問題が落ち着き実験を再開できしだい始めたいと思っています。おそらく1年くらいで感触が見えてくるはずです。

―品質面ではどのような課題があるのでしょうか。 

柳沢:製品がさまざまな規制をクリアできるかの検証が必要です。メディカルグレードの材料を使って製造プロセスを組み、GMP(適正製造規範)を満たせるものとする。そして、それが誰でもできるプロセスかどうかも検証しなければいけないと考えています。

 


第3回へ続く


2020-09-03



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