革新的なエクソソーム抽出デバイスで、高精度の疾患バイオマーカーを世界へ/Craif株式会社 【2】

名古屋大学発ベンチャーとして日本が誇る素材力を用いて尿からエクソソームを捕捉し、AI(人工知能)を組み合わせることで、エクソソームバイオマーカー解析プラットフォームを構築。痛みのない高精度ながん早期発見、および他疾患への応用を目指すCraif株式会社。今回は、前回に引き続きCEOの小野瀨さんと、共同創業者・技術顧問の安井さんに、創業期のお話やお二人の役割について伺いました。


【プロフィール】

小野瀨 隆一  

代表取締役社長(CEO)・共同創業者

幼少期をインドネシアと米国で過ごし、早稲田大学国際教養学部在籍時にカナダのマギル大学に交換留学。卒業後は三菱商事に新卒入社、4年間米国からシェールガスを日本に輸入するLNG船事業に従事。2016年5月にはサイドビジネスで民泊会社を創業、全国で事業を展開。その後、「人類の進歩に寄与する事業を興し続ける」事を人生のテーマに定め2018年4月に三菱商事を退職、2018年5月Craif株式会社を創業。がんとの戦争に終止符を打つことをミッションに、生体分子の網羅的解析でがん医療の改革を目指す。


安井 隆雄

技術顧問・共同創業者

名古屋大学大学院工学研究科・生命分子工学専攻准教授。2014〜2019年ImPACTプロジェクトマネージャー補佐就任、2015〜2019年JSTさきがけ研究員、2019年より再度JSTさきがけ研究員を拝命。研究テーマはナノ空間を利用した新奇生体分子解析手法の開発。がん細胞から正常細胞へ輸送されるがん化因子であるエクソソームの定量解析を目指している中で、ナノワイヤを利用して、わずか1ミリリットルの尿からがんを特定する技術を新たに発見。同技術を実用化すべく、代表の小野瀨と共に2018年5月にCraif株式会社を創業。


【第2回】

miRNA抽出技術の事業化経緯

――第2回目の今回は、共同創業者・技術顧問である安井隆雄さん(写真左)に、CEOの小野瀨さん(写真右)も交えながら、創業期のお話やお二人の役割について伺っていきたいと思います。安井さんは、どのような経緯でmiRNA、正確にはmiRNAを含むエクソソームを捉えるナノデバイス研究の道に入られたのでしょうか?

安井:大学のとき、ナノデバイスを使った新しい分析化学や生体関連物質がおもしろそうだなと思い馬場嘉信教授の研究室に入りました。修士、博士の研究テーマはDNAの一分子観察とDNAの分離です。

その後、阪大で特任教授をされている川合知二先生のDNAシーケンサーを作るというプロジェクトに参画し、そのプロジェクトの一環でmiRNAも扱うようになりました。そのプロジェクトに関連した国際会議を名古屋大学で開催した際、国立がん研究センター(当時)で分子細胞治療研究をされていた落谷孝広先生をお呼びしました。落谷先生は講演の中でmiRNAの重要性や、それを運ぶ役割を果たすエクソソームが今後世界の主流になるとお話をされました。2012年のことです。

これがきっかけとなり、エクソソームを高効率に捕捉するデバイスの開発研究を始めました。エクソソームはがんを始めとした疾患で重要な機能を果たしていると考えていましたが、非常に小さく捕捉することが課題でした。それが今Craifで扱っている、尿中エクソソームのmiRNA捕捉をするナノワイヤを使ったデバイスにつながっています。

――2017年に技術を発表されて、どういった経緯で法人化を検討されたのですか?

安井:2017年の12月に論文を発表しました。すると、ベンチャーキャピタルのANRIの鮫島さんから、会いたいと繰り返し連絡が来るようになったのです(笑)。忙しいからまた今度、と答えていたのですが、どうしてもと仰るのでついに年末に研究室に来てもらったところ、「ベンチャーやりませんか」と。その時は「考えておきます」と答えて帰っていただいたのですが、向こうは「また来ます」と諦める様子はありませんでした。

そんな調子で毎月のように、鮫島さんや、他にもさまざまな方が来られてベンチャー設立をしないかと提案されました。しかし私の在籍する名古屋大学の規定では、大学教員は法人の社長を兼任できない。別の方には、教え子の学生や知財部の人を社長にしてベンチャーを興しては、とも言われましたが、それも難しいなと。誰かいい人いないかと考えていた頃に、鮫島さんが、いい人がいるからぜひ会ってほしいと小野瀨さんを連れてきたのです。それが2018年の3月末でした。

――小野瀨さんの第一印象はいかがでしたか。

安井:もちろんその日が初対面でしたが、いきなり働いている三菱商事を辞めてくると言い出して。大丈夫か?と思いましたが、本気なんです。そんな覚悟を見せられたら断るわけにもいかない。「じゃあやりますか?」と返事をしたら、翌月にはもう完全にやることを前提に話が進んでいました(笑)。そして5月にCraif株式会社(旧Icaria株式会社)を立ち上げました。この急展開の間に、小野瀨さんからは24時間働き詰めみたいな勢いで質問のメールが来て。最初は、この人に一度会っただけで決めてしまっていいのかと迷いもありましたが、これだけやる気がある人なら任せても大丈夫かなと思いましたね。

――小野瀨さんにもお伺いします。第1回でも設立当時の怒涛の日々を振り返っていただきましたが、当時の安井さんのロールはどのようなものだったのでしょうか?

小野瀨:研究データについては、最初は本当に安井先生に「おんぶにだっこ」の状態でした。何しろ会社にまだラボもありませんでしたから。人の紹介もしていただきました。

安井:確かに、デバイスの製造については少しやりましたね。ただその後は、基本的に私はあまり会社の運営にタッチしないようにしているんです。小野瀨さんが、こういうことをやりたいと持ってくる。明らかに違うと思えば言いますが、それ以外は小野瀨さんがそう考えるならその通りじゃないですか?というくらいの気持ちです。

アカデミア×ビジネス。Craif流の関係性

――アカデミアサイドとスタートアップサイドとのコミュニケーションのあり方は、アカデミア発ベンチャーではよく課題となるのですが。御社は、お二人の信頼感があり、それでうまく回っていることが見てとれます。詳しく教えていただけますか。

安井:私が大切にしているのは会社との距離感です。商品を世に出すにあたって、アカデミアの意見は百害あって一理なし、と思うので。ただ、小野瀨さんがそういうわけにはいかないって何度も言う(笑)。

小野瀨:安井先生は2012年からこの研究をされています。そこにはやはり、文字に残らない工夫や所感が無数にある。社員から見ても先生の存在は大きいんです。例えば研究職の人間なら、安井先生から盗みたいものがある。アドバイスもほしいし、それがうれしい。私自身も、ふと何かを言われたときに、ああ確かにと思う。要するに視野が広くて、予言が当たる。R&Dで先生に「うまくいかないと思います」と言われて、やっぱりうまくいかなかった、みたいな…。

――それは助言をもっといただきたくなりますね。

小野瀨:でも安井先生は、極力僕らを泳がせるんですよ。失敗しないと納得しないだろうと。確かにそうなんですが、早く聞いて軌道修正したい気持ちもある。

安井:僕は、いろいろと発言することで「じゃあどうしたらいいんですか」と返されるのがすごく嫌なんです。会社として成長に繋がらないですから。時間的にはロスかもしれないけど、数か月のロスであれば失敗をして学んでいく方がいいと思っているんです。

小野瀨:これはヤバいというときだけは、最後の最後のタイミングでアドバイスをいただける(笑)。

安井:小野瀨さんたちはほっといてもまあなんとかするだろうと思って(笑)。小野瀨さん、市川さん、水沼さんがいるので、僕は運がいい。意思決定を求められすぎることがない。あとはどれだけ自分が会社に思い入れがあり、コミットしたいかだけですから。とは言えCraifへのコミットの度合いは最近明らかに増えていると思いますよ、小野瀨さんがしつこいから(笑)。

――ご自身のテクノロジーが商業化によって社会から評価を受けることについてはどう感じられるのですか。

安井:これも意外に思われるかもしれませんが、僕の中でこの技術は、2017年に論文として発表した段階で終わった話なんです。税金を使って生み出された技術は本来国民のもの。つまり作り上げた技術は社会のものですし、終わった後もその成果にずっとしがみつくのはみっともない。次の最先端をまた新たに生み出していくのが研究者としてのスタンスではないかなと。だから小野瀨さんたちの判断で、安井は不要だと言われる時がいつ来てもいいと思っています。

もちろん、事業化をする上で難しい局面はいくつもあるでしょう。私は研究者としてできる部分の協力は当然する、しかしビジネスの部分はビジネスのプロを信頼して任せる。そして、小野瀨さんになら私は任せられると思いました。

――小野瀨さんから見て、研究者としてプロフェッショナリズムを貫く安井さんとのコラボレーションをどうお考えですか。また、アカデミアとのコラボについて感じたことを教えてください。

小野瀨:安井先生に出会えたことは相当恵まれていると思っています。距離感とは仰っていますが、結局のところ先生には時間を割いて事業にコミットしていただいている。会社への愛をひしひし感じていますよ(笑)。

前提として、ベンチャーというのは研究者の発明した技術を元にして、さらに進化させないといけない。起業するときから、「天才のお手伝いをしたい」ということをずっと思っていました。そのためには泥臭いことを避けては通れない。そう思えば、私がやっているのはたいしたことではないんです。むしろ安井先生には新しい研究の方に力を注いでもらわないともったいないと思いますし、それに対してCraifが何かしら役に立つ存在であれたらと思います。例えば先生の研究にとって何か意義のある賞を会社が受賞するとか。実際に時間を割いてもらっているのですから、リターンもあるのが健全な関係ではないでしょうか。

もっと広くアカデミア全体とのコラボレーションいう意味では、大学との知財交渉は非常に大変でしたね。私の感覚では、大学とベンチャーはオンザセームボートではない、という印象です。ベンチャーを支援する仕組みにしてもベンチャーの声は十分反映されていない。もっと、大学がイノベーションに長期にわたってコミットするような体制ができてくればよいなと思いますね。

ベンチャーで活躍できる人材とは

――安井さんは、Craifのミーティングや採用の最終面接にも参加されていると伺いました。これらをご覧になって、先生はディープテックベンチャーで活躍する方はどのような人だと思いますか。

安井:私はCraifが人材を見極める際に重視しているポイントは基本的に非常にいいと思っています。面接って誰しも緊張しますし、当然準備もしてきますよね。当たり障りのない答えは一通り持っている人が多い。だから私が面接をする時は、少し虚をついた質問をしてみて、相手の感性や人間的な受容性の部分を見ています。フランクすぎず真面目すぎずで、驚きながら的が少しずれたくらいの返答を返してくれる人はいいですね。それからこちらに質問をしてくる方もいいなと思います。自分から「こういうことをやりたいです」と主体的に物事に取り組む姿勢が、ディープテックでは必ず求められるのではないでしょうか。

また、失敗してもいいと思えるかどうかも大切だと思います。手を抜いていいという意味ではありません。最大限に突き詰めた上で失敗してしまったとき、それでも地球が滅びるわけではないよね、と前向きに考え、再度チャレンジできるかどうか、です。最大限にがんばってもうまくいかないことは研究にもベンチャーにも必ずあります。そのときにすみません、ここまででした、と認められる人。Craifにはこういう考え方ができる人が多いなと思います。

…とは言え採用についても日頃私はあまり口を出さないようにしているんですよ(笑)。小野瀨さんが最終まで通した人なら、まあなんとかなるだろう、と。

小野瀨:それじゃ最終面接に出ていただいている意味がないじゃないですか!(笑)

安井:失敗するのも大事。この人は採用した方がいいと思えば、絶対とるべきだと言いますよ(笑)。

――最後に、これから起業しようとしているアカデミアサイドの人に向けたメッセージをお願いします。

安井:大学の研究者でビジネス化のチャンスがあるならば、起業した方がいいですね。そして社長に全幅の信頼をおいて、何も言わないくらいが一番いいと思います。無関心とは違って、ちゃんと距離をおいて見守るという意味です。子育てと同じで、危ないものを全部取り除くとうまく育ちません。Craifのように創業2年、つまりまだ2歳児くらいであれば、石に転ぶ程度、つまり1、2ヶ月回り道をしながら会社として成長して行くのがちょうどいいのではないでしょうか。

 

第3回へ続く


2020-11-26



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