地球上で発見されている微生物種は推定総数の0.001%以下と言われ、微生物の活用は、創薬、ヘルスケア、美容、農業等さまざまな分野でこれから非常に大きな影響を与えると考えられています。その微生物を、株単位で全ゲノム解析するプラットフォーム技術「シングルセルゲノム解析」を開発したbitBiome株式会社。世界初技術を用いて、新しい微生物の発見および製品やサービスの開発で「ゲームチェンジャー」となる早稲田大学発ベンチャーの歩みを、アカデミアサイド、ビズサイドの両面から伺いました。
【会社名】bitBiome株式会社 (ビットバイオーム)
【設立】2018年 11月7日
【所在地】〒162-0041 東京都新宿区早稲田鶴巻町513 早稲田大学 121号館
リサーチイノベーションセンター 415号室
【URL】https://www.bitbiome.co.jp/
【プロフィール】
藤岡 直
東京大学大学院 薬学系研究科修士課程を修了後、McKinsey&Company を経て、ヤンセンファーマ、MSDと外資系製薬企業で主にマーケティングを担当。MSDでは、オンコロジーにおけるバイオマーカー/診断薬領域の立ち上げをリードし、免疫チェックポイント阻害剤関連の新規バイオマーカーやコンパニオン診断薬の開発と普及に尽力し、世界最速の検査率達成などの業績を成し遂げる。2019年よりbitBiomeに参画し、2020年3月より代表取締役CEO。
細川 正人
東京農工大学工学府博士後期課程修了(短縮修了)。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員DC2(2008年)、同特別研究員PD(2010年)、JSTさきがけ研究者(2015年)を務める。東京農工大、静岡がんセンターでの研究活動を経て、2013年より早稲田大学を研究拠点とし、シングルセル解析技術の開発に従事。同研究成果をもとに、bitBiome株式会社を2018年に創業。現・取締役CSO。主な受賞として、H31文部科学大臣表彰若手科学者賞、H31JSTさきがけイノベーション賞など。早稲田大学 招聘研究員。
―細川さんは「シングルセルゲノム解析」というプラットフォーム技術を開発され、その技術を元にbitBiome株式会社を設立されました。この技術の画期性を教えてください。
細川:私はこれまで新規計測技術の開発、例えばドロップレットや流体デバイスの研究開発をしてきました。工学的な技術開発ですが、分野としてはライフサイエンスです。そのなかで、bitBiomeで現在扱っている、マイクロ流体デバイスを用いたハイスループット微生物単離、すなわち流体デバイスを使用して細胞を一つひとつ分離しゲルカプセルに封じ込めDNAを増幅させる研究には、2015年から携わってきました。この技術により、収集した微生物群の中の、特定の微生物のDNA配列を次世代シーケンサーで読み、ゲノム配列を解析するシングルセルゲノム解析、bit-MAP(R)が誕生するに至りました。ほぼ完成したのが2018年の頭です。
―その頃に会社の設立を念頭に置かれたのですね。
2018年の3月に、設立に関する情報収集を始めました。設立準備の初アクションとして認識しているのは、とあるスタートアップ支援のイベントに参加し、初めてベンチャーキャピタルの方々にお会いしたことです。ほとんどのベンチャーキャピタルから、まだ早い、機が見えないと言われましたが、今出資をしていただいているUTECさんからは、ライフサイエンスの分野は日進月歩なので、新しい技術を陳腐化させないためにも立ち上げは早い方がいいと言っていただき、ご支援いただくことになったのです。その後も、コアとなるR&D以外の部分、事業計画策定のサポートや人材紹介、そして出資について支援をしていただき、約半年の準備期間を経てbitBiome株式会社を設立するはこびとなりました。
―そもそも、ご自身の研究を事業化すべきと考えるに至った経緯は何だったのでしょうか?
高校時代からライフサイエンス、ヒトゲノムの解読に興味をもっていました。人体の設計図が、細胞一つひとつに入っているところにロマンを感じて。初めのきっかけはそれですが、学んでいくにつれ、細かな生命現象の理解以上に、研究の発展を促すような技術やツールの開発の方に惹かれていったのです。遺伝子解析も、基盤にある技術開発が人の理解を押し広げている。そうした技術を作って、今まで計れなかったものを計ったり、精度を上げる方に携わってみたいなと。
しかし周りを見渡してみると、そうした新しい技術のほとんどは海外で開発され、日本ではそれを輸入して使っている状況だった。研究が技術からスタートする以上、一周遅れてやってくるのでは、基本的なサイエンスのレベルでどうやっても戦えないし勝てないんですね。これをどう広げればいいのかなというのを考えたのが、そもそものきっかけのように思います。大手企業と組んで事業化する道もあったのですが、意思決定の速度や承認プロセスを考えると、自分がいいと思う方向でやるには、自分で会社を立ち上げるしかないなと思い至ったのです。
―早稲田大学で招聘研究員を務めながら会社設立ということでは、アカデミア発バイオベンチャーとなりますが、この準備期間で苦労されたことは何でしたか。
あったのは技術のみで、それ以外はすべて文字通りゼロからのスタートでした。また人脈もない状態から、CEO候補者を探す必要がありました。これは大学発のスタートアップが抱える課題ですが、大学教員は兼職で法人の代表になることができない、という問題があります。この点もUTECさんに紹介をしていただいた大門(現・取締役CLO)に代表を担ってもらい、クリアしました。初期は大門と2人、2019年からは研究員とバックオフィスメンバーが加わりました。そのうちの一人は、大学近くの道でばったり出会った地元の旧友が、職を探しているというのでそのまま引き抜いてきたり…(笑)。これまでアカデミアにしかいなかった私にとって、CxO人材を自分で見定めるということも大きな経験でした。とは言えbitBiomeは、よいチームメンバーが、比較的早いタイミングからどんどん加わってくれたことに、事業としてすごく助けられています。
また、研究開発ベンチャーは、モノ(プロダクト)・人・場所の3つがそろう必要があると思いますが、ライフサイエンス系のベンチャーは、場所、つまり実験室と実験機器などの設備が必須です。私たちは審査を受けて、早稲田大学のインキュベーションの部屋を借りて登記をするに至りましたが、意外とこの場所探しが大変でした。海外と比較すると、日本はそういったスタートアップが活動開始できる場所が不足しており、支援する土壌がまだまだ少ないと思っています。
―細川さんのように研究者がスタートアップを立ち上げるということは、自分の研究成果がプロダクトとして、アカデミア以外の世界へと発信され認知される側面がありますね。ニーズやマーケットについては当初どのように予測されていたのでしょうか。
シングルセルゲノム解析技術を開発し学会や論文で発表したことで、海外も含めてアカデミックな共同研究のリクエストはとても増えていました。ただアカデミアの世界にいる限り、必ずしもマンパワーが十分にあるわけではなく、できることは限られてしまいます。
ニーズやマーケットについては、シングルセルゲノム解析はプラットフォーム技術ですし、共同研究の引き合いなどから、ユーザー層やニーズが確実に存在することはわかっていたので、当初それほど細かいところまでは想定していませんでした。
―実際に顧客へのサービスの提供はどのような形で始められたのですか?
知り合いからの仕事などは、ラボを整える準備期間中も少ししていましたが、本格的なビジネス活動や資金調達はメンバーがそろってきた2019年4月以降から始めました。顧客に対するサービスは、私のようなアカデミックの研究者にとっては及ばないところで、現在ビズサイドのメンバーが力を発揮してくれているところです。
例えば事業会社にとっては、研究によって得られた新しいデータが、保有するプロダクトにどのような付加価値をもたらすのか。費用の分の効果として何が得られるのかが大切です。研究者は自分の研究さえ進めば満足ですが、ビジネスとしては、そういった付加価値や効果の部分まで説明しイメージしてもらうことが大切ですね。
―先ほど、早い段階からよいメンバーが集まってくれたというお話がありました。会社を経営していく上で、よいチームが形成されているというのは大変重要な要素だと思いますが、御社のチームワークが成功している秘訣を教えていただけますか。
アカデミアの人間が価値を提供できるのは研究開発面やその考え方。そこには注力しますが、他の経営判断については、ビズサイドのメンバーに私は気持ちよく任せています。任せるということがアカデミアとビズサイドのチームワークの秘訣ではないでしょうか。自分自身はまったく抵抗感はないですし、彼らのことを信頼していますので。そう思える人を仲間に引き込めたのは本当に大きかったと思います。
ビズサイドメンバーは、サイエンスや技術を踏まえた上で、何を抑えて何を提案すべきなのかしっかりと理解しています。一方で私たちラボのメンバーは、研究データをよい形で活用できるようビズサイドに提供する。各メンバーが、得意かつやりたいところに注力できていることがよい循環を生んでいますね。
さらに、顧客サイドの状況や課題もかなり情報共有ができていると思います。もしこれが縦割りになってしまうといろいろとビジネス面で機会損失が生まれると思うんですが、私たちの場合は、意識のすり合わせもできており、かなりうまく回っていると思います。
―遺伝子解析の分野、そしてそれを支える技術は、これからどのような可能性が広がっているとお考えでしょうか?
遺伝子解析は、どんどんコストは下がり、精度は上がってきている状況です。ゲノムのデータもたくさん溜まってきました。次はその塩基配列情報が「資源」になっていく時代だと私は捉えています。
資源というのは、例えば疾患や健康問題と組み合わせた診断技術、つまり情報資源という考え方もありますし、ものづくりのための資源もあるでしょう。例えば微生物であればエネルギー生産や素材開発、健康食品やゲノム編集技術を使ったバイオ肉や魚などが考えられます。さまざまな分野で、バイオを操作することはもはや当たり前の時代になってきました。そのなかで、それぞれが何か特徴を出していかなければいけない。例えば今まだあまり注目されていないものを情報として溜めていき、新しい課題解決のために利用していくことなどです。
技術も、これからはバイオシーケンサー技術自体がコモディティ化していくでしょう。またDNAだけでなく、タンパク、アミノ酸配列を読むことや、それらの情報を他の情報とあわせて、細胞内のどこで何が起きているのかということを知ることができるようになってきています。簡単にわかることはすでに調べつくされているので、どんどん難しいところに飛び込んでいかないといけませんね。
―細川さんのように、今後アカデミアから自ら起業を目指している方もいらっしゃると思います。そうした方へ向けてのメッセージもお願いします。
アカデミアの研究者の中には、背中を押してあげれば、スタートアップをやろうと思う人は潜在的にたくさんいると思います。ただ、一人では何もわからないからできない、というケースが多いと思っていて。アカデミアの人とビジネスサイドの人が知り合う場がもっとあるとよいなと思いますね。
今思い返すと、私自身も技術の芽が出てきて何かできるかもと思った段階で、スタートアップを意識しながら研究を進め、人とも会っていれば、いざ始める時にもっと一気に進められたのかなと思います。もちろん今のメンバーに結果として出会えたことは幸運でしたが、何でも始めるのは早いに越したことはありません。アカデミアにいるとお山の大将になりがちですが、研究者はもっと外に向かうべきです。スタートアップをしてみて、人という存在がこんなに大事になるとは思っていませんでした。人ひとりの存在で状況が大きく変わるので、一緒に仕事するならこういう人がいいな、というマインドを常に持ちながら、人間関係を育てていくことが大切だと思います。
第2回へ続く
2020-11-04