革新的なエクソソーム抽出デバイスで、高精度の疾患バイオマーカーを世界へ/Craif株式会社 【1】

今や3人に1人ががんで亡くなり、2人に1人は生涯に一度はがんになる時代―。がんの克服は健康長寿を願う人類共通の課題といえるでしょう。それを可能にしようとしているのが、名古屋大学の安井隆雄教授らが開発した、ナノワイヤを使った独自デバイス。このデバイスを用いることで、わずか1滴の尿からエクソソームを高効率に抽出することができ、疾患の発症や悪性化に深く関与しているmiRNAを1,300種類以上検出。その発現パターンを機械学習で解析することで高精度ながんの早期発見に成功しています。創業以来、猛スピードで成長を続けるCraifの強さの秘訣を、代表取締役社長の小野瀨氏をはじめとするメンバーに全4回のインタビューでお伺いしました。

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第1回 小野瀨隆一氏(CEO)

第2回 小野瀨隆一氏×安井隆雄氏(名古屋大学准教授、技術顧問・共同創業者)

第3回 市川裕樹氏(CTO)×水沼未雅氏(COO)

第4回 髙山和也氏(Senior Researcher, Life Science & Lab Manager)× 津田佳周氏(Senior Researcher)


【会社名】Craif株式会社 (Craif Inc.)

【設立】2018年5月

【所在地】〒113-0033 東京都文京区本郷3-38-14 NEOSビル3F 

【URL】https://craif.com/


【プロフィール】

小野瀨 隆一  

代表取締役社長(CEO)・共同創業者

幼少期をインドネシアと米国で過ごし、早稲田大学国際教養学部在籍時にカナダのマギル大学に交換留学。卒業後は三菱商事に新卒入社、4年間米国からシェールガスを日本に輸入するLNG船事業に従事。2016年5月にはサイドビジネスで民泊会社を創業、全国で事業を展開。その後、「人類の進歩に寄与する事業を興し続ける」事を人生のテーマに定め2018年4月に三菱商事を退職、2018年5月Craif株式会社(Icaria株式会社から名称変更)創業。がんとの戦争に終止符を打つことをミッションに、生体分子の網羅的解析でがん医療の改革を目指す。


【第1回】

人類の進歩に寄与する事業がしたい。突き進んだ創業期

――第1回目は、代表取締役社長(CEO)の小野瀨隆一さんに、創業期から現在までの会社の成長について伺っていきたいと思います。創業期のことから教えてください。

小野瀨:大学卒業後、三菱商事に入社してシェールガスを輸入するLNG船事業に従事していました。2015年からサイドビジネスとして民泊を始め、2016年には法人化しその代表にも就任しました。しかし「人類の進歩に寄与する」事業を興したいと強く想うようになり、腹を括って見切り発車で三菱商事を退職、ゼロから起業準備を始めました。その頃私の祖父が肺がんになり、ステージⅡAと診断されたんです。治療方針を巡って家族で議論を重ね、色々な専門家の意見を聞くべくセカンドオピニオンを取ろうとしたんです。しかし、そもそも認知症も患っている祖父を病院に連れて行くこと自体が大変で、なぜインターネットが普及したこの時代に意見を遠隔で聞くことができないのか疑問に思うようになりました。この経験がきっかけとなり、オンラインでセカンドオピニオンが取れるプラットフォームを構築する事業計画を作り始め、2018年2月、ベンチャーキャピタルANRIの鮫島さんに投資を求めてピッチを行いました。しかしスタートアップとしては市場規模が小さすぎる事、何よりがんが原体験にあるならがんに挑まないかという話を頂き、名古屋大学准教授の安井先生を紹介いただきました。安井先生はエクソソーム・miRNAを高効率に抽出するナノワイヤデバイスの論文を2017年に発表し、事業化を担う起業家を探していました。2018年3月末に先生とお会いして、がんという大きな課題に挑戦する事に意気投合し、一気に会社設立へと進めていきました。

これが、Craif株式会社(旧Icaria株式会社)創業のきっかけです。まさかバイオスタートアップを創業するとは夢にも思っていませんでしたが、人類の進歩に寄与する起業家になるという志と個人的な原体験があいまって安井先生との創業が実現しました。

――そして5月に早くも法人化されたわけですね。その当時、事業計画はどの程度できていたのですか。

技術の詳細は安井先生の論文をご覧いただければと思いますが、酸化亜鉛ナノワイヤデバイスを用いてがん患者と健常者の尿検体からエクソソームを99%以上抽出する事に成功。エクソソームに内包されているmiRNAのプロファイルを比較したところ、がん5種と健常者にはそれぞれ特異的なmiRNAのパターンがある事が確認されました。サンプル数は少ないですが明確にプロファイルの違いが見えたため、この技術を用いたらがんを早期発見する高精度なアルゴリズムが生成できるのではないかと考えていました。一方で市場のニーズも重要な要素であるため、起業後は認知症や糖尿病などエクソソームと関連性が深いと報告されている疾患の早期発見市場も調査し、市場の観点でもがんに取り組むべきだと判断してターゲットをがんに絞りました。

――スタートアップにおいては市場の選択が非常に重要です。どのように進められたのですか?

医師やバイオ系の投資家、既に別の疾患の領域で起業している方など、バイオ業界に精通している方を人づてに紹介していただきヒアリングを行いました。最初は多くの方から話を聞いて、いろいろな角度から業界全体の概況を掴んでいったのです。それにより、糖尿病の早期発見は血液からある程度実現出来る事からニーズが限定的であること、認知症は早期発見を行ってもその後の治療法が定まっていないことなどが見えてきました。また、アメリカでは血中cfDNAを用いたがん早期発見検査の開発が進んでいましたが、早期ステージでは精度が低いことも確認できました。以上の調査結果から、がんの早期発見は明確にペインが存在し、競争環境からも十分なチャンスがあり、尿検査によってこのペインを解決できれば大きなビジネスになる事は間違いないと判断しました。そのため、がん早期発見検査を開発すべく、会社を設立してすぐに医療機関との面談を模索し、がん患者の臨床サンプル入手を目指しました。臨床サンプルを用いてアルゴリズムを生成し、がん早期発見のフィジビリティーを確認する事が最初のステップだったからです。

――すごいスピード感ですね!お一人でされていたのですか?

創業期は数名のメンバーでなんとか前に進めている状態でした。安井先生にデバイス製造やバイオバンクのサンプル解析の指揮を取ってもらいながら、一人で医療機関と面談を行い、協力を要請していました。ただ私自身は文系の人間で、バイオや医療の専門知識を持つ人間が不在のまま面談に挑んだため、最初は大苦戦。訪ねた先の病院で、全然甘いとボコボコにされることを繰り返しました。当時の私は、例えば「倫理委員会」など臨床研究を進める上での基本的なことすら知らなかったですから(笑)。今思えばカオスですよ。ある意味何も知らないが故にできた行動ではありますね。今なら恐ろしくて出来ません(笑)。

非常にハードな時期ではありましたが、運よく知り合いのつてで紹介してもらった大学病院からサンプルを提供していただくところまでは取り付けました。ただサイエンスや医療のバックグラウンドを持つ人材を抜きに進める事には限界を感じており、追い詰められている中で、現在CTOを務めている市川をなんとかチームに引き込んだのです。

――CTOの市川さんの参画はいつだったのですか?

2018年10月に出会い、2019年1月に正式に入社しました。市川は薬学系のPhDを取得した後、製薬企業で医療機関やキーオピニオンリーダー(KOL)との協業を通じて医療業界で経験を積んでおり、まさに求めている人材でした。ちょうど製薬企業から別の業界に転職する予定だった彼に、何度か断られながらも必死にしがみついて。というのも、2018年12月に慶應義塾大学医学部が主催した「第3回健康医療ベンチャー大賞」にて、100社以上が参加するなかで優勝したことで、様々なチャンスが拓け、慶応医学部の先生方と面談できるチャンスを頂けることになったのです。大変偉い先生方に個別で会えるチャンスに自分だけで飛び込んだらこれはもうヤバいと思って。ギリギリのタイミングで市川に参画してもらえて、本当にラッキーでしたね。市川も、私やCraifの状況を見ていて、「自分が入らないとまずい」と思っていたそうです(笑)。

アメリカに乗り込み資金調達。シリーズAを完遂

――市川さんの入社後はどのように会社の体制を整えていかれたのでしょうか?

病院との面談をして共同研究のパートナーを増やしながら、研究開発チームを立ち上げるための採用活動と自社ラボの立ち上げ。それから事業戦略やR&Dプランの制定を進めたのが2019年の1~3月くらいです。この事業はビジネスサイドだけでできるものではなく、研究を進めて成果を上げながら技術のポテンシャルを示していく必要があります。そして競合と比べて自社技術の何が優れていて、どのようなポテンシャルを有しているかを技術とデータから見極めることが重要です。市川や、2019年10月にCOOの水沼がチームに加わったことで、がんの早期発見だけでなく、エクソソーム捕捉プラットフォームとしての技術のポテンシャルが明確になりました。このプラットフォームを活用した創薬支援が主力事業として加わり成果を上げ始めています。

また、私は当初から事業をアメリカで展開したいと考えていました。実は市川がまだ入る前の2018年、Yコンビネーター*1の最終面接まで行ったんです。結局は落ちてしまったのですが、最終面接まで進んだ事が自信になり、アメリカで勝負したいという想いがより一層強くなったことで、シリーズAの資金調達もアメリカのファンドに投資してもらうよう準備していきました。

 *1…アメリカ・シリコンバレーのスタートアップアクセラレーター

――2020年6月、御社はシリーズAラウンドの資金調達に成功されました。この調達引受先にアメリカのベンチャーキャピタルが含まれていますね。日本のスタートアップがアメリカでの資金調達に挑戦し成功する例はまだごく僅かです。日本でとアメリカでどのような違いがあるのか教えてください。

私たちはアメリカに乗り込んでいくつかのVCにコンタクトし、最終的にはFounders Fund(ファウンダーズファンド)のスカウトファンドであるFF APAC Scoutから資金調達をすることができました。日本とアメリカのVCには大きな違いがあって、先ず質問が全然違います。

日本では最初にプレゼンを行ってから質疑が始まることが多いのですが、アメリカではそもそもプレゼンの時間がなく、最初の30秒で自社紹介をしたらあとは矢継ぎ早に質問が飛んできて、ひたすらディスカッションを行います。アメリカの投資家は事前にピッチ資料を読み込んでいて、当日は出来上がった質問が次々と嵐のように飛んでくる。こちらは一度の質問で5~10秒しか喋らせてもらえず、だらだらしゃべったら一瞬でカットインされてしまいます。つまり、どれだけ頭の中を整理しているか、説明ができるかが見られているんです。

さらにサイエンスに深く切り込んだディスカッションが求められる。アメリカではヘルスケアやバイオで幅広い経験を有する投資家が、過去の失敗も含めた経験や知識を元にポイントを的確に押さえた質問をしてきます。例えば、実施している研究デザインの妥当性をどう評価するか?データの中で発生しうるバイアスは十分検証がなされているか?機械学習アルゴリズムの堅牢性はどのように示すのか?など。実績のある投資家は例外なく経験豊富でサイエンスの造詣が深く、専門的な内容についてどんどん突っ込んできて、その応酬が2時間くらい続く。めちゃくちゃ疲れます。 

――他に特徴的な点はありますか。

どのようにVCとの信頼を築くかが大切だと実感しました。特にトップVCは山のように案件を受けているなかで、よくわからない日本のスタートアップなんて彼らからしたら正直優先順位は低い。私たちも最初はそっけない対応を受けていましたが、そのVCの投資先のCSOと面談して「共同研究したい」と評価してもらえたその瞬間から、いきなりVCのトップが出てきて「今すぐ面談するぞ」と。彼らの考え方や評価してもらうためのアプローチが垣間見えたのは面白かったですね。誰が成功するかなんてわからない世界ですから、信頼できる人からのお墨付きは安心材料なんでしょうね。

 ――投資してもらえる方向になってからは、どのように話が進んでいったのですか。

ぜひお伝えしたいのは、アメリカのVCの視座が非常に高いということです。彼らは小さなエグジットに全く興味がなく、$10 billion (1兆円)カンパニーを目指す事が投資の大前提です。それはつまり既存のプレーヤーだけでなく、巨額の投資を得て優秀な人材を集める他の世界的なスタートアップたちとの競争を制する覚悟があることが大前提。がん早期発見を目指すリキッドバイオプシーのスタートアップの中には、2000億円近い資金調達を行った会社もいますから。「彼らに売るのではなく、彼らを倒す覚悟あるか?」と問われ、もちろんだと答えました。すなわち、世界で勝つ覚悟を問われていて、逆に中途半端なところで売却する程度の気持ちだったら投資はしない、という考えなんです。さらに印象的だったのは、契約書で株主、つまり投資家側の拒否権を減らしにきた事です。われわれは他の投資家ではなくお前らに投資をしているんだから拒否権は外せと。株主が意思決定に加わることで経営スピードが落ちることに加え、そもそも彼らの経験上大きく飛躍するスタートアップは株主が反対するような大胆な意思決定を行ってきた会社だから、特大ホームランを打つためには起業家を信じるしかない、という事を経験則で理解しています。

一方、成果を出せば今後も投資をするが、仮に同じ分野でもっとよいスタートアップが出てきたらそのときは全くわからない、とはっきり言われています。日本もこういった側面はもちろんありますが、米国では競合の数が桁違いですから非常にシビアな世界です。

世界の最前線を目指す会社のカルチャーとは

――アメリカの厳しい資金調達で勝ち残ったわけですが、今後アメリカに事業展開するとなるとますますシビアになりますね。いかがでしょうか。

我々の競合となるのは数百、数千億円規模の資金調達を果たしたいわゆるユニコーン、デカコーンレベルのアメリカのベンチャー企業です。彼らと勝負していくことになるので極めてシビアな戦いですね。彼らと勝負ができるようなエビデンスレベルの高い臨床試験を実施する、その上でメディケア*2への組み込み、FDA*3の認可も取得していく必要がある。そして間違いなく重要なのは、アメリカで事業展開するには現地のトップクラスの人材を仲間に入れる必要があることです。調達中によく言われたのが「君がCEOであり続けるには、君がベストなCEOでないといけない」ということ。どうやって自分のバリューを出していくのか。考えると胃がキリキリしますよね。

日本ではチームや進捗を十分に評価してもらっているので、ある意味居心地はいい。マーケットも十分なサイズがありますし、成果を出すだけなら無理してアメリカに行く必要はないのかもしれません。しかし最初に起業する時から、私はアメリカで勝負することは必須だと思ってきました。がんの早期発見は日本だけの問題ではないし、最先端の医療や医学研究はアメリカが牽引しています。居心地の良い日本に留まって中途半端な結果で終わるのであれば起業する意味はないと考えています。全く未知の領域だからこそ困難はたくさんあると思いますが、その恐怖には打ち勝つしかないですね。そのためにはしっかりとしたエビデンスを集めてシリーズBの資金調達を行い、コロナが落ち着いたらすぐにでもアメリカで勝負を仕掛けていきたいです。

*2…アメリカの公的医療保険制度 *3…アメリカ食品医薬品局

 ――日本のスタートアップ界を牽引する最前線におられる小野瀨さんから、今後CEOを目指す人に向けて、大切な考え方やノウハウなどがあれば教えてください。

採用とカルチャー形成に惜しみなく時間とお金を投資することです。結局一人では何もできません。いかに能力の高い人にチームに参画してもらい、その人のポテンシャルを解放するか。それがCEOの仕事だと思います。

カルチャーとは会社としてあるべき姿を具体化したものです。このあるべき姿を体現すべく、私達は行動指針の制定に時間をかけました。Craifの事業は様々な専門性を持つメンバーが集まって初めて成り立ちます。そのため、異なる文化や価値観をもった人々でも共有できる共通言語が必要です。

具体的には会社のカルチャーを明文化して、5つの行動指針に落とし込みました。制定する過程では全社員で何度も議論を重ね、皆が納得した上で作成されています。この基準が明確になることでCraifのメンバーが取るべき行動がクリアになり、フィードバックの場や、採用活動において候補者とのマッチを確認する上で非常に効果的であると感じています。


第2回へ続く


2020-11-25



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